コーヒーブレイク
昨年11月、ちょっとしたご縁があり一冊のエッセイ集を探すことになった。
作品名は「思いがけないこと」
筆者は河野多惠子と言い、芥川賞・谷崎潤一郎賞・文化勲章等を受賞した昭和を代表する女流作家である。
残念ながら、一昨年の1月に88歳で亡くなられた。
特に谷崎文学に造詣が深く、独特の情愛の世界観を引き継ぎ、谷崎潤一郎賞の選考委員も永年勤められた方だ。
このエッセイは
- 「2000年前後の日常雑記」
- 「ニューヨーク生活で思う事」
- 「小説の愉しみ」
について、軽妙かつ鋭く、そしてシニカルに書き上げている。
特に、「小説の愉しみ」は谷崎潤一郎、菊池寛、永井荷風、三島由紀夫の作風について、徹底的な考証に裏付けされた語り口で、作品の愉しさを十分に伝えており、流石である。
実を言うと、この本は絶版だった。
一瞬困ったとは思ったが、今はネット社会。アマゾンで検索し、中古で購入することが出来た。
送られてきた本の包装を解いた時、書名の如く「思いがけないこと」に遭遇した。
納品書の余白に、次の言葉が達筆で添えられていた。
『 ご注文、ありがとうございました。
今日は北風、晩秋ですが、どうぞ良き日でありますよう!
雲来たり 雲去る瀑の紅葉かな 漱石
11月10日 ○○○○ 』
本を愛して止まない店主の思いが筆先からストレートに伝わってきた。
”どうしてだろう、こんなに嬉しくなるのは”
ネット社会でも変わらないものがある。
「 思い」は、伝えたい気持ちがあれば必ず伝わるらしい。
エッセイ「思いがけないこと」は何と粋な計らいをしてくれたことか。
11月の下旬に奥湯河原を訪れた時、紅葉を見ながら店主の手の温もりを感じていた事を、今ふと思い出した。